藁小屋のミーシャ ( 小説 )

 秋の虫が鳴いている。

 もうそんな季節なのだな。

 フィリップはタバコに火をつけると、

 深々とそれを吸い、

 長い煙を吐き出した。

 長い煙の後、

 彼の鼻の穴から地球上の

 様々な国の国旗がズルズル出てくるのを

 物陰から見ていたミーシャは

 じっとフィリップの様子を観察し続けた、

 国旗の次には何が出てくるのだろう、

 シルクでできた妖精かしら

 ジパングにいるという幽霊かしら

 ミーシャのドキドキはとまらない。

 

 やがてフィリップは

 立ち上がると、

 着ていたシャツとズボンを脱ぎ、

 パンツ一枚の姿になると、

 どこからか短銃を取り出し、

 エナメルの先の尖った靴先を軸に

 回転し、コツコツ音を立てて

 ミーシャの側まで来ると

 銃の狙いをミーシャの眉間に定めた。

 

 「打たないで。私はあなたが

 素敵なマジシャンだということを

 知っているわ」

 「それに」

 「それに、なんだい」

 「私にあなたの完璧なマジックをもっと見たい

  鼻から国旗を出すだけじゃなくて、

  本当はもっともっといろんな術を持っているんでしょ」

 フィリップは急に寒気を感じ、

 なぜなら彼はパンツ一枚以外、

 何も身につけていなかったからである。

 急いでズボン下を履き、ウールのズボンを履き、

 墨色のシャツの上にツィードの

 ジャケットを合わせた。

 鼻から出した国旗を一枚一枚丁寧に畳んで、

 フィリップが「奇術の箱」と名付けた

 厚紙でできた箱の中にそれをしまい、

 するとミーシャが

 「もうどこかへ行っちまうの?」

 

 フィリップは何も言わずに

 ミーシャの金色の髪をなぜ、

 着古した木綿のワンピースの裾をつまみ、

 するとワンピースの中には

 聖書が一冊、ワインのボトルがひと瓶。

 「若いお嬢さんのワンピースの

 中にはいろんなものが入っているもんだ。

 こいつは驚きた」

 フィリップはこいつは驚きだ、こいつは驚きだと

 複数回繰り返した後、

 その小屋を足早に出て行った。

 私は私と一緒にワインを飲んでくれる人に

 会いたいだけなのに。

 どうして誰も私と一緒にワインを飲んでくれないのだろう。

 ミーシャは寂しかった。

 この場所で自分とワインを飲んでくれる人が現れるのを

 ミーシャは心の奥底から望んでいるのである。